視点シリーズ11 なぜ30代の自殺者が・・・・

視点シリーズ11
なぜ30代の自殺者が・・・・

日本精神衛生学会理事長・明星大学人文学部教授 高塚 雄介

はじめに

 警察庁の発表によると、今年上半期の全国の自殺者は昨年に比べ、さらに増加しているとのことである。このままでいくと、近年最多となった平成15年こ匹敵する自殺者数となることか懸念されている。昨年来の経済状況の悪化が、今年の自殺者の増加と密接に関係していることは論を待つまでもないたろうが、それにしてもこの10年間―向に滅少しないわが国の自殺者について、本当は何か見落としていることがあるのではないかという気がしてならない。経済状況の悪化と自殺の増加とが深く関わっているという指摘は多く行われていることではある。そうした観点からすると、これ以上の自殺者を防ぐには、いわゆる経済的な弱者に対して、もっと積極的な具体的救済策を講じることが、防止策としては何よりも問われていることは間違いないだろう。残念ながら、行政的な施策はその点に関してあまり効果をあげていないということになる。

自殺予防は「うつ病」対策という柱でいいのか

 ところで、わか国のこれまでの自殺予防対策の多くは、「うつ病丿対策を充実すれば自殺は防げるといった、医療的方策にウェイトが置かれがちであった。そうした視点を重視する厚生労働省を中心とする国の対応策は依然としてあまり変わっていない。この110年間の経過を見れば、そうした医療的な視点で方策の充実を図っても、さしたる効果にはなっていないということをもっと真剣に考えるべき時にきているのではないだろうか。自殺予防大綱や自殺対策基本法の施行により、内閣府を中心とする考え方としては、少しずつ市民感覚に根ざそうとする動きは見られはするが、まだ十分とは言えない。確かに「うつ病」と自殺とが結びつきやすいという指摘そのものは間違ってはいない。うつ病に共通する病前性格であるとか、うつ病者の症状が自殺行動の誘因となりやすいということも明らかにされている。ただ、今日の自殺者の多くは「内因型のうつ病」というよりは、自殺の画前に「抑うつ状態」にあったというぺきであり、その原因となるものの多くは、その人が置かれている状況や、直面させられた事態である。地震などの大規模災害の直後に、自殺者か増大することをふまえ、心のケアを充実させることによりかなりの予防効果をあげられることを思い浮かべてみれぱ、その対策の重点課題というものもおのずからある程度は理解されるものである。経済状況というのもそうした直面させられる状況のひとつであり、そこからもたらされる心的ダメージヘの手厚い対応を講じることにより状況が改善されれば、必然的に抑うつ状態も改善されていき、自殺の誘因は無くなるであろう。心のケアだけでは自殺は防けない。ただ、その場合には単に心のケアというだけではなく、その人が置かれている物理的な問題への対処が求められることは明らかである。うつ病対策的な発想だけで自殺対策を考えると、多くの場合にうつ病と診断をつけた医師の多くは、坑うつ薬を投与すれぱ、気分が変わり希死念慮は無くなるとして、漫然と薬の投与を続けるだけになりがちである。それは一時的な気分の改善にはなっても、やがてさらに虚しい気分に陥ることになっていきやすい。これでは、一向に自殺を減らすことにはなっていかない。

 しかし、かといって何とかしてその虚しい気持ちを変えようと、心のケアを求めても、経済的余裕のない身からすると、高額な負担を要する心理的カウンセリングを受けることは不可能である。ある程度規模の大きい企業などに属していれぱ、EAP(外部のメンタルサポート機関)などの関連する場所で、メンタルケアを受けることも出来るが、中小企業に所属している人間や、所属企業を失った人間にはそうした途もない。そこで最後の砦となるべく「いのちの電話」などの電話相談が機能することか求められてくることになるのだが、匿名で具体的な解決方策を講じることの出来ない相談には、おのずから限界がつきまとっている。

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30代の自殺者の増加について

 ところで、昨年度の自殺者統計を見ていくと、全国的に30代の自殺者が多くなっていることに気が付く。以前と比ぺると、自殺年齢が低くなってきていることになる。これは一体何を意味しているのであろうか。さまざまな分析も行われてはいる。ひとつには、企業社会においてはその年代に一番ハードな課題か突き付けられやすいということか指摘されている。また、今日の時代に育てられた若者たちは、試練に直面させられた時の不安耐性が弱いという指摘もある。そのいずれも少なからずあたっていると思われる。しかし、もう少し別な角度から見て現在絶望の縁にあったとしても、新たなる希望を見出すことが不可能とは言えないはずである。しかし、そうは言っても、思いつめた精神状況でそうした発想の転換を果たすということは、当事者だけでは難しい。そこに、精神的な支えと、助言をしてくれる他者の存在が必要になる。しかし、今日の若者たちは、他人に助けを求めることはあまりしようとはしない。「自助型」の生き方を良しとする価値意識を刷り込まれて育った今日の若著たちは、なんでも自分一人で解決しようとする。他人の援助を受けることは、甘え・依存ということになり、恥ずべきこととして拒否しようとする。それは、今日の社会において自殺と並ぷ、大きな精神衛生上の問題とされる、ひきこもる若者たちも同じである。人に相談するとか、助力を受けるということに抵抗感を抱いているのである。今日の若者たちの意識には、共助ということを重んじる感覚はあまり育てられてはいない。そのため、電話相談のような何の気兼ねもなく相談出来る機関を増やしたとしても、はたしてどれだけの若者たちがそういうところを利用しようとするのだろうかということに対する疑問もある。ある自殺未遂者の調査によれぱ、ほとんどの人間がそうしたところを利用していないという報告もある。

自殺は自己決定権の行使であるとする考え方

 もしかすると、そこにつながるのかもしれないが、先日、大学生たちと自殺こついて話をしている場でこういう意見か述べられた。「自殺」というのは自已決定権のひとつの表し方ではないのか。我々は、子どもの頃から自己決定ということの大切さを叩き込まれてきた。尊厳死や安楽死もまた、自己決定権のひとつとして少しずつ是認されようとする現代社会においては、生存権とならんで、死を選ぶ権利も与えられて然るべきである、というのがその趣旨であった。聴いている私も一瞬どう答えるべきか迷い、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論となったが、その意見に同調する学生たちも少なくなかった。生と死というアブリオリな問題については、いつの時代の若者たちも真剣に考え悩むものであるが、私たちの若い時代にはほとんど提起されなかった考え方であるといっても良い。もしも、彼の言うように、自殺もまた自己決定権のひとつであるとする考え方を認めるならぱ、自殺予防などということは余計なことであるということになってしまう。残された者の悲しみなどということをいくら説いても、「自分は自分、他人は他人と割り切るしかない」、「自分は他人のためこ生きているわけではない」と言われてしまいそうな気かする。信仰心や哲学する心が消失しつつある現代社会においては、次第にそのような価値意識が幅を利かせるようになり、私たちは新たな課題を突き付けられていくような気がする。増加しつつある低年齢層の自殺者の中にも、もしかするとそうした意識がすでに入り始めているのではないかと思うと、慄然とさせられる。昔に比べて、若い人たちの自殺者には遺書的なものを残さない人が増えているという指摘もある。心の叫びを発しないまま死を選ぷということは、他者に対する期待もわたかまりも有さないということを示しているのだとしたら寂しい。「ひきこもりの若者たち」の多くが「これは自分で決めたことなのたから、他人からとやかく言われたくない」という言葉をよく耳にする。どこかで重なる意識のように思えてくる。

心中的自殺の増加

 もうひとつ気になるのは、若い人たちに目立つネット心中と呼ばれるものである。インターネットなどで、一緒に死のうという呼びかけに応えた者同士が、自動車内で練炭などを燃やし死のうとする行為が多発している。また、自殺としては認知されないものの殺人事件の当事者が、死にたかったという動機のもとに、無関係な人々を殺害してしまうという、無理心中的な行為を示す若者も近年目立つようになってきている。自己決定権として認められるのではないかという考え方がもたらされる一方で、自分一人では死ねないという若者が生まれている背景とは、どこかでつながっているのだろうか。
 自殺予防に関わる者たちは、こうした意識が若者たちの中にもたらされているということに、はたしてどれだけ目を向けて、対処しようとしているのだろうか。あらためて、議論してみる必要があるのではないだろうか。

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