視点シリーズ17 安心して悩むことのできる地域づくりを〜不安のわかちあいから安心感へ〜

視点シリーズ17
安心して悩むことのできる地域づくりを〜不安のわかちあいから安心感へ〜

秋田大学大学院医学系研究科准教授 秋田いのちの電話理事 佐々木 久長

はじめに ~被災した人の心のケアについて

 昨年の夏頃から「被災した人の心のケアについて」という研修会にかかわる機会が何度かありました。被災地でボランティアとして活動するために、被災した人とかかわるときの心得を知っておきたいという趣旨でした。私も岩手県釜石市や大槌町の避難所にかかわってきましたが、初めて訪問する前には危機介入の本を読んだり、先に訪問した同僚から話を聞いたりして準備をしました。

 その中で、まず気にしたのはASD(急性ストレス障害)とPTSD(外傷後ストレス障害)でした。
ASD は誰にでも生じうる適応反応だといわれていますが、長期化するとPTSD になってしまいます。震災から数ヶ月たって支援活動が本格化してからは、「治療の3段階」を意識しました。それは、1)安全性の確保・孤立感からの脱出援助、2)体験を信頼できる人に話す・グループ体験、3)徐々に社会復帰(生活再建)をするというものです。
避難所での生活が安定してきた段階で1)がある程度達成された感じがしました。仮設団地に移る人が出始めた頃から避難所が閉鎖される頃にかけて、私たちは次の段階を意識しながら被災した人から話を聞き、グループで話をするようにしてきました。この頃から、新しい家を建てる準備を始めた人もいました。

 一方で、次第に孤立感を深めている人や、今でも被災体験を語る相手がいない人、そして社会復帰の目途がたっていない人もたくさんいます。最近私は被災した人たちの間で生じている個人差の拡大が気になっています。

放射能の不安

 昨年の秋頃から、津波による被災と東京電力の事故による被災の違いを意識するようになりました。それは先の「治療の3 段階」で考えたときに、東京電力の事故の被災者の皆さんは、まだ最初の段階である「安全性の確保」ができておらず、「孤立感」を深めていると感じたからです。

 秋田にはベラルーシを支援してきた人たちがいますので、チェルノブイリ原子力発電所の事故後のことを直接知っている人もいます。一緒に4 月の上旬に被災地に行ったとき、とても強い危機感を持っていたことを覚えています。印象に残っているのは、政府や県庁は情報を出さないからという理由で、直接外国の機関と連絡を取ろうとしていたことです。

 また昨年秋田県で日本公衆衛生学会が開催されました。そこで放射能の影響についてのシンポジウムが開催され参加したのですが、「どこまでが安全なのか(どこからが危険なのか)」については、結局はっきりわかりませんでした。同じ薬を服薬しても効果に個人差があることを考えれば、放射能の影響についても全ての人に共通する基準を決めるのは難しいのかもしれません。

 情報が不足している状況では、私たちは論理的に判断することができず、感情をもとに判断することになります。自分の気持ちにあった情報を信じようとするのです。これからのことを考えたときの不安、そして放射能の影響を考えたときの恐怖が、今福島県内にいる人たちや県外に避難した人を理解する一つの視点だと私は感じています。

不安の長期化と攻撃

 マズローという人が、人間の欲求を階層的に説明しています。その理論では、最も基本的な欲求は「生理的欲求」で、その次が「安全の欲求」です。安全や安心を求める欲求というのは、私たちにとってかなり基本的なもので、それがみたされて次の「所属と愛情の欲求」の段階に進むと考えられています。「治療の3 段階」でも、安全性が確保されてから、体験を信頼できる人に話したりグループ体験になりますが、これらは愛情と所属感につながる体験でもあります。

 安全や安心を求める気持ちの背景にあるのは「不安」です。不安な人は自分で自分のことがうまくコントロールできなくなることもあります。また不安な人は、強い枠組みを求めることで安心感を得ようとすることもあります。不安な時に、誰かに自信たっぷりに「私を信じていれば大丈夫だよ」「こうすれば大丈夫だよ」と言われると、受け入れてしまうことがあります。「誰か」が良い人だと助かるのですが、悪い人だと大変です。

 不安やさみしさが続くことで、イライラして攻撃的になることもあります。今、福島でも攻撃的な人が増えていませんか。東京電力という攻撃の対象がありますので、ここぞとばかりに気持ちをぶつけることがあると思います。しかし、冷静にふり返って状況が良い方向に変わったことがあったでしょうか。攻撃は、される人はもちろんですが、する人の心も傷つけることがあります。また県外に避難した人を責めていないでしょうか。そこには自分が見捨てられた気持ち(例えばさみしさ)もあるかもしれません。

 「人は一人では生きていけない」という言葉は、「人は一人では悩めない」と言い換えることが出来るかもしれません。深く重い悩みや苦しみほど、一人では抱えきれないものです。だから、「私は一人ではない」「一緒に悩んでくれる人がいる」という安心感が必要なのです。

安心して悩むことができる地域づくりを

 もし、身近な人同士が信頼しあっていて、お互いの日々の体験を語り合えていたら、そこから生活再建の希望が生まれてくるかもしれません。ここに福島いのちの電話の役割があるのではないでしょうか。相談件数の増加は、福島いのちの電話が地域の皆さんに信頼されていることを示しています。電話を通して自分の気持ちや体験を語ってホッとして、「自分は一人ではない」と感じることで自分の人生に向きあえるようになっていると思います。

 いのちの電話は傾聴を通して相手とつながることを目指しています。このつながりこそが安心感の源であり、人を元気にする土台になります。過酷な避難生活が長期化することで、抑うつ的になることは容易に予測できます。例えば、うつ病の患者さんには薬物療法が大切だと言われていますが、このような治療もつながりとそこから感じられる安心感が前提になっています。身近な人とつながるためにも、まず誰かとつながることが必要なときもあります。

 身近な人に何でも相談できる状態は、とても安心です。困った時に助けを求めることが出来る人がいるという気持ちも、私たちに大きな安心感を与えてくれます。冷静にふり返ってみると、私たちは悩んでいるのではなく、恐怖や不安を感じているだけなのではないでしょうか。悲しさに向き合うことも、誰かがそばにいてくれるという安心感が必要なのかもしれません。

おわりに ~身近な人との話し合いを

 秋田県では自殺率(人口10 万人当たりの自殺者数)が全国一高い状態が、17 年続いています。
自殺率が最も高かった平成15 年の44.6 に対して、平成23 年は32.3 まで減少しました。この期間の自殺予防対策のポイントは「自殺の否認」から「自殺に向き合う」へという変化でした。今でも自殺で亡くなる方が多い地区では、いつ・誰が自殺したかについて皆が知っているのに、そのことを一切話題にしないということがあります。
そのような状態では、自殺を減らすことは出来ません。身近な人との間に目に見えない心の壁をつくって暮らすことは案外疲れることです。

 今、地域や職場で自殺で亡くなる人がいたときに、亡くなった人のことを語り合う場を持つことを始めています。関係者の多くが「なぜ自殺したんだろう」と考え、関係が深い人ほど自分を責めています。話し合いを通して亡くなった人の悩みを想像し、同じように悩んでいる人への接し方を考えます。これは一人ではできない作業でした。

 私たちは避難所で、被災体験を肯定的に語る人にも出会いました。その人たちに共通していたのは、一緒に苦労した仲間がいたということです。全てを失うという体験も、一緒に受けとめる人がいれば大丈夫だということを知って、私は大きな希望を感じました。秋田県の自殺予防対策も、同じだったと思っています。

 被災地の復興には、一緒に暮らしていく人たち同士の話し合いが不可欠だと思います。お互いに「一緒に行こう」と誘い合って参加し、考え方が違っても席を立たずにお互いに相手を尊重して意見を交換できると良いなと思います。過酷な避難生活だからこそ、「私は誰と一緒に生きていくのだろうか」が問われてくるのではないでしょうか。

 被災地の中で、放射能の心配がある地域は「安心することが難しい」地域です。だからこそ、身近な関係性の中での安心感が必要になってきます。安心できない時に生じる攻撃性は、身近な関係を壊し孤立化してますます安心できなくなるという悪循環に陥るきっかけになることを、改めてお伝えしたいと思います。

 「体験したことがない人にはわからない」と決めつけずに、わかって欲しいことを伝えてください。
いのちの電話の相談員は、苦しみの中で頑張って生きているあなたの話を待っています。そして、いつかあなたも相談員になることを考えてみてください。誰かのために何かしたいという気持ちは、心の健康の一つの表現です。被災したあなただからこそできることもきっとあるはずです。

 「話しても何も変わらない」状況は、多分「話すことしかできない」状況でもあります。具体的な解決を妨げているのは、当事者の気持ちの混乱です。まず安心してみましょう。そうすれば、自分を取り戻すことができて「今日、何をしたらいいのか」が見えてくるはずです。まず、今日一日を生き抜いてみませんか。

いのちの電話はいつでも誰でもどこからでも利用できる電話相談です

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福島いのちの電話では、掛けてこられた方の相談内容をよりよく聴くために、相談員の研修の目的に限り、電話を録音しています。
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